昨日、親戚の甥っ子のお祝いでお寿司をいただきました。
甥っ子は、このたびプロサッカー選手として新しい一歩を踏み出します。
家族みんなで「おめでとう」と笑顔で囲む食卓。
お寿司はとてもおいしく、職人さんの技術も素晴らしかったです。
でも、私は食べながら、あることが気になってしまいました。
野菜がほとんどない。
お刺身のつま、大葉、天ぷらのなすとさつまいもくらい。
「体が資本」のプロアスリートのお祝いなのに、「体をつくる」という視点の食卓ではないことに、少しだけ複雑な気持ちになりました。
もちろん、お祝いの日くらい好きなものを食べることは素敵なことです。
お寿司が悪いと言いたいわけでもありません。
むしろとてもおいしかった。
でも、「ごちそう」と「体を整える食事」は、必ずしも同じではないんだな、と改めて感じたのです。
そして、この出来事で思い出したことがあります。
以前、地域活動に長年尽くしてこられた女性のお誕生日祝いに立ち会ったことがありました。
子供たちがその女性に「いつまでも元気でいてね」と大きな杏仁豆腐のスイーツを手渡していました。
本当に温かくて素敵な空間でした。
でも私は、その光景を見ながら、胸が少し苦しくなりました。
私がその時感じた感情はすぐには言葉にできず、でも苦い想いだけは心に強く残っていました。
その女性は、きっとご自身の健康管理よりもいつでも他人のことを優先されてきたのではないかと感じたのです。
「いつまでも元気でいてほしい。」
でも、その願いを形にしたものは、本当にその人の未来の健康につながるものなのだろうか。
きっと昔の私なら、何も感じませんでした。
でも、体調を崩した経験をして、「食べたものが体をつくる」ということを身をもって知ったから見えるようになった世界なのではないかと思います。
「父が無知だと貧乏になり 母が無知だと病気になる」という言葉があります。
愛情も思いやりもある。
私はそこにほんの少し「食の知識」が加わるだけで、その愛情はもっと大きな力になると思っています。
「大切な人に元気でいてほしい。」
その願いがあるなら、
「無添加でおいしくできる糀を使ってみよう。」
そんな選択がもっと自然に広がっていったらとても嬉しいです。
大切な人を思う気持ちが、その人の未来の健康につながる食事につながる社会になったらいい。
そんなことを願い、今日も私は食について発信しています。
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